「おとしぶみ」をご存じですか 右の写真のようなものを見たことがありませんか?5月から6月にかけて山や林の中の小径で見ることができます.
直径1cm長さ2.5cmくらいですから注意していないと見落としてしまうかもしれません.
その昔,直接手渡すのがはばかられるような内容の手紙(恋文,密告,政治批判)をわざと気が付くように落としておいたそうですが, これを「落とし文」とか「落書」「落首」といいました.当時の手紙は巻紙に書かれており,ちょうどこんな形だったのでしょう. それでこれを鳥の仕業と見立てて「ほととぎすの落とし文」とか「かっこうのたまづさ」などと呼びました.当時の人たちはこの正体を知っていたのでしょうか. |
「おとしぶみ」の正体 「おとしぶみ」を見つけたら拾って持ち帰ってみてください.10個くらいでいいでしょう.
乾燥しすぎてぱさぱさになったり,湿りすぎて腐ってしまったりしない程度に湿り気を保っておくと,1ヶ月くらいで左の写真のような虫が
「おとしぶみ」に丸い穴をあけて出てくるのを見ることができます.この虫の名は オトシブミ そのものズバリです.
「おとしぶみ」はその中で幼虫が成長し成虫になるまでの食料兼シェルターだったのです.そこで,これを 揺籃(=ゆりかご)と呼びます. |
オトシブミの仲間 オトシブミの仲間は オトシブミ科(Attelabidae)オトシブミ亜科(Attelabinae)にまとめられています.
これは ゾウムシ-象の鼻のような長い口(口吻といいます)を持った虫-に近縁な昆虫です. 日本には25種が分布していて,
沖縄を除く日本全国いたるところで見ることができます.ほとんどが普通種で,ヒメクロオトシブミのように都会にも棲息している種もあります.
5-7mmくらいの小型種が多く,大きなものでせいぜい1cmほど,最も小型のものは3mm程度で, 揺籃を作っている最中でないとそれと気付かずに通り過ぎてしまうことが多いのではないでしょうか. 春から初夏にかけて成虫が現れ,同じ場所ではほぼ1ヶ月半ほど見られます.棲息場所が林縁部の比較的明るい所である種が多く, 深い森の中や,針葉樹林ではほとんど見ることができません. |
オトシブミ の生態 全ての種が若葉を切って揺籃を作るのですが,葉の切り方は種によって特徴があります.一部の種は揺籃を切り落として「おとしぶみ」にします.
利用する葉は種毎に決まっていますが,時期や地域によって巻く葉が異なることもあります.数十種の葉を利用するものから,数種の葉しか巻かないものまでいます.
このような食性の違いはどのようにして生じてきたのでしょうか.
揺籃の作り方揺籃の役割 |
蛹化・羽化・後食・越冬 幼虫は揺籃の内部を食べて成長し,3齢で成熟します.幼虫の成育中に中の様子を観察しようと揺籃に小さな穴をあけると,
幼虫は糞でふさいでしまいます.
やがて幼虫は揺籃の中で蛹となり,そして羽化します.羽化後完全に体が固まるまで数日揺籃の中で過ごし,揺籃に小さな穴をあけ脱出します. 新成虫はしばらく葉を食べてから(後食といいます)越冬態勢に入ります.後食する植物は必ずしも揺籃を作るものとは限りません. 後食する期間は種によって,またおそらくは個体によってまちまちです.羽化後ほとんど後食せずに越冬態勢に入ってしまうのもあれば, 秋になるまで1月以上も見られる種もあります. 一部の種では,夏の終わりから秋にかけて揺籃を作っている場合があり,年2化しているようです. 全ての種が成虫で越冬すると思われます.思われますとしたのは,全ての種で越冬しているところが観察されたわけではないからです. 落ち葉の下や,樹皮の下で越冬しているところをいくつか目撃されていますが,記録は多くはありません. みなさんも,越冬しているところを見つけたら,記録を発表してください. |
ファーブル写真昆虫記 7 「長い鼻はあなあけドリル」
シギゾウムシ・チョッキリ・オトシブミ 岩崎書店
ヨーロッパ種に対応する日本産種の生態写真を見ながら読む子供向きファーブル昆虫記です.
オトシブミ観察事典 (自然の観察事典 10) 櫻井一彦著,藤丸篤夫写真 偕成社
オトシブミ類が揺籃を作る過程をこと細かく見事な写真とともに解説してあります.
オトシブミのゆりかごのしくみ(1)(2) 鈴木邦雄・上原千春著 インセクタリウム,33(1996):124-131,174-181.
オトシブミ類が揺籃を巻くときの仕組みを詳しく解説してあります.
原色日本甲虫図鑑(Ⅳ) 林,森本,木元 編著 保育社
日本産全種の標本写真と解説があります.
東アジアのオトシブミ類分類概説 森本桂著 昆虫と自然,27(1992):2-14.
東アジア特に日本産のオトシブミ類の分類に関する専門的な解説です.