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一枚の写真 前編

 プロローグ

「浩之ちゃん、雅史ちゃん、保科さん、見て見て。本場のクマのぬいぐるみだよ」
「ほんとだね、あかりちゃん」
「あかり・・・本場って言っても、なんで普通に買ってこないんだ?」
「ええっと・・・か、かわいいでしょ?」
「あかり・・・」
「神岸さん、あなたそのクマの為にいくら使ったの?」
「・・・に、二千円・・・」
「それに二千円か・・・人間諦めが肝心や・・・」
「おれもぬいぐるみひとつに取る為に、何千円と使ったやつ知ってるけど・・・」
「う・・」
浩之ちゃんは、何やらニヤニヤしながら保科さんを見ている。
「ぐ、偶然やなぁ。うちもそないなアホ、ひとり知ってる・・・」
保科さんが、引きつりながらそう言い返すと、浩之ちゃんはそっぽを向いてこちらを見てない。
「でも、修学旅行の小遣いっていくらだったけ?」
「うぐぅ・・・」
落ち込む私に、雅史ちゃんのさわやかな笑顔が眩しかった・・・

楽しかった修学旅行の思い出。
だから、この時に感じた胸騒ぎもいつしか忘れてしまった・・・


1.雨の中で・・・

「こら志保、ちょっと待てぇ」
「ばっかじゃない?止まれって言われれば、止まりたくなくなるってもんよ!」
そういって、志保が教室の後へ走っていく。
手には、一枚の写真が握られている。
浩之ちゃんは、それを取り返そうと志保を追っかけていく。

事の始まりは、私が持ってきた写真だった。
たまたま教室に来ていた志保達と昨日焼き上がった修学旅行の写真をいっしょに見ていた時だった。
「なんだ、写真出来たんだ」
「だめよ、ヒロ。そっちはまだ見てないんだから!」
「お前は、そっちを見てるからいいだろ」
「駄目よ。レディ・ファーストって言葉知らないの?
ここは、かわいい志保ちゃんにどうぞって譲るところよ」
「おまえは、レディでも、かわいくもないからいいんだよ」
「むっき〜いつもながら礼儀を知らないヤツね!」
「お前に言われたかぁないね」
志保は、手に持ったアルバムをめくると驚いた様にポカ〜ンとして、にやりと笑った。
「おヒナさまを壊して、その上で寝ているやつには言われたくわないわ!!」
志保は、見ていたアルバムから一枚の写真を取り出し、浩之ちゃんの目の前に突き出した。
それは、小さい時のひな祭りの時の写真で、甘酒で酔っ払った浩之ちゃんが、壊れたひな壇の上で寝ているところだった。
「な、なんで、そんなもんがあるんだよ!」
「浩之ちゃん、ゴメンナサイ。」
「あかり・・・おまえなぁ」
「なんとなく、懐かしくて・・・」
「志保、返せよ!」
「チッチッチ!何言ってるのよ。これはあんたの写真じゃないでしょ。あかりがあたしに見せてくれた写真じゃない。だから、お・こ・と・わ・り」
志保は、写真をヒラヒラさせながら教室の後ろへ逃げて行く。
そんな志保を、いつもと立場の逆に浩之ちゃんが追いかけていく。
そんな二人を目で追うと、保科さんが教室の入ってくるのが見えた。


写真がなくなった事に気づいたのは、家に帰ってからだった。
昼休みのあと、移動教室などで慌しく、帰りも怒った浩之ちゃんのあとを追うのに必死だったから、写真のことまで気が回らなかった。

(罰が当ったのかなぁ・・・)
修学旅行の写真を整理していて、昔の写真が懐かしくなったのは、本当だった。
だけど、学校に持っていこうとしたのは、今から思えば、最近浩之ちゃんと仲のいい彼女−保科さんに見せつけたかったからかもしれない・・・
(私と浩之ちゃんは、こんなにも昔からいっしょにいたんだ・・・)
「わたし、いやな子だ・・・」
(修学旅行の時に感じた胸騒ぎって、多分この事だったんだ)

友達を作ろうとしなかった、保科さんを変えてしまった浩之ちゃん・・・
浩之ちゃんには打ち解けている、保科さん・・・
二人にしか判らない会話。

私の知らないところで、浩之ちゃんが
私の知らない保科さんと、
私の知らない事を話している・・・

私は、知らなかった。
私は、浩之ちゃんに、恋をしていた事に・・・
私の、はつ恋・・・

だから、私は保科さんに、嫉妬していたんだ・・・

無くしてしまったのは、
昔の写真だけじゃなかったんだ、
多分・・・

窓の外は、いつのまにか雨が振り始めていた。

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