2000年「短歌朝日」11・12月号 田谷鋭選 特選
幼らは昼寝の時間ビニールのプールの水が光と遊ぶ
2000年「角川短歌」11月号 沢口芙美選 特選
影淡き朝日の中に手付かずで残されてゐる君の夕食
2001年「短歌朝日」3・4月号 岡井隆選 秀逸
マーラーの曲ばかり聴いて冬過ぎぬどこにも行けぬ我を憎みて
平成13年度多治見市文芸祭 市文芸祭賞
黄昏にすれ違ひたる黒犬の舌にまひるの光残れり
「飛聲」投稿作品から
驟雨過ぎてアスファルトから立ち昇る蒸気一斉に坂駈け上がる
暑くともタカサブロウは咲き初め電車は十時一分に着く
混沌のパンプキンスープ秋の陽のしづくのごとく食道に落つ
暗闇にカセットテープを巻き戻し忘れ去らるる音に聞き入る
不機嫌な子とぶつかりしあとに聴くパレストリーナ息荒きまま
覗けども異界に去ると困るから秘密にしてゐる「見るな」のロフト
わが父と子の中学の地図帳のそれぞれに載るバルト三国
くるりくるマクドナルドの看板は世紀を越えて回り続ける
Xマスイルミネーションに照らされてチェルノブイリの映像を見つ
餓死せし子を思ひて開く「カラマーゾフ」ときに世界が分らなくなる
不条理とふ言葉に再度出会ひたりあまりに深く日々に埋もれつ
玉葱の皮と中身の間にて逡巡してゐる我の指先
荒草の霜のほどけてゆく頃に子らはバスにて園へと向かふ
庭の鉢をひっくり返せばはしきやし蛞蝓の卵(らん)のぷるり輝く
鳩だって年中鳴いてはゐやしない枯葉の森を無言で啄む
陽を浴びてパン種は倍に脹みぬ全きものは在るかもしれぬ
さみどりのオリーブオイルに魂の奥まで浸かりし朝方の夢
電線の燕の腹も夕焼けて路地には子らの影のみ残る