色彩 「のう普賢、おぬし、好きな色って、なんだ?」 とうとつに普賢の部屋へとやってきて、これまたとうとつに切り出した太公望に、 書類を整理していた手を止めて、普賢はきょとんと目を瞬いた。 「いろ?」 「そうだ」 (―――色、って…しきさい、のことだよね?) いきなり、どうしたのであろうか? 脈絡のない質問もそうであるが、たしか、この時間は元始天尊から言いつかっていた用件のために、 かの老師のもとへと出向いていたはずなのだが。 (また、抜け出して、来ちゃったのかな……) 脱走癖があり、たびたび老師の目を盗んでサボっている太公望の行動からそう読んで、 くすっと苦笑を浮べた。 「…聞いておるのか?」 疑うようにやや低い声音になった太公望に、再び書類をそろえるため手を動かしながら、 普賢は僅かに考え込む。 「うん。好きな色…いろ」 言葉を舌の上で転がしながら、真剣な眼差しでこちらをむく太公望に、ふと目を留めた。 「すぐには、思いつかんか?」 「―――ううん、あるよ。僕が一番好きな色」 「なんだ?」 勢い込んで身を乗り出してきた太公望に、にこりと笑いかける。 「蒼」 「あお…か?」 「うん、そう」 「理由も、あるのか?」 畳み掛けるようにそう訊いてくる太公望に向かって、普賢は腕を伸ばした。 額にかかる前髪をすこしだけ持ち上げて、その瞳を覗き込む。 「望ちゃんの、目の色。―――蒼。大好き」 それは、まるで海の色のよう。 そういった普賢に、太公望はぱっと頬を染めると、ふいと恥かしそうに横を向いた。 「しかし、それではおぬしが好きなのはわしの『目の色』であって、『蒼』ではないのではいのか?」 普賢の答えに、嬉しいのだけれどそれでは意味がないのだとやや困ったように眉を寄せる。 「そうかな?」 納得がいかないらしい太公望に、いったん書類の整理は中止することにして、 「お茶でも飲む?」と尋ねた。 「そうだ。それはそうと、茶の方もらえるか?」 「うん、まってて」 そう言うと、一旦奥に入った普賢は、ふたり分の茶器をもって戻ってきた。 「わざわざ西の国から取り寄せたって聞いた、『桃の紅茶』だよ。かなり甘いから… 望ちゃん好みだと思うけど」 付け合せは桃のタルトと、桃のクリームをサンドしたビスケットだ。 まさしく、太公望のための桃尽くしである。それらを、散乱していた書類を適当に重ねて どかしてから、机に並べる。 落ち着いて話ができる環境を作って、あらためて普賢は太公望に問い掛けた。 「でも、なんでだめなのかな?」 「――わしが知りたいのは、純粋明快なる、おぬしの『好みの色』だから、だ」 「……うーん…。なるほど、ね」 ひとつ息をつくと、自分の分の紅茶をこくんと飲む。 濃い目に出した所為か、はたまたお茶の葉をいつもより多めに入れすぎた所為なのか、 紅茶は、甘すぎるほどに甘い味になっていた。お茶というより、ジュースである。 「でもね。望ちゃん。なんと言われようと、どんな理由だろうと、 僕の一番好きな色が蒼だって言うのは変わらないと思うんだけど」 「だが―――」 まだ不満そうな太公望にちょっとわらうと、普賢は机の上でどう説明しようかと指を組み合わせた。 「あのね。僕は、望ちゃんが大好きで。望ちゃんの目も、大好きだよ。 だから、望ちゃんの目の色も、好き。―――たぶん、望ちゃんが言いたいのは、 もしきっと自分の目の色が赤だったり黄色だったりしたら、 僕がその色をすきって言うんだろうってことなんだろうけど。でも…でもね。 じっさい、望ちゃんの目の色は蒼で。それは動かし難い事実でしょう? だから、僕が好きな色も蒼のまま変わらないんだ…きっかけはどうあれ」 「普賢」 「―――でも、なんでいきなり、こんなことを訊きに来たの?」 不思議そうに首をかしげた普賢に、太公望は慌てて激しく頭を振った。 そのことに触れられたくないのは、明白であった。 じっさい、相手が太乙あたりであったならば、首根っこを捕まえられて 頭をぐりぐりされるくらいはやられていたかもしれない。 「いやいや、ちょっと…な」 「ちょっと???」 「そうだ! 問題あるか!!?」 「別に、ないけど―――うん。そうだね。それなら、望ちゃんは何色が、すきなの?」 「わしか?」 同じ質問を、今度は自身へと向けられて、太公望はむぅ…と眉を寄せた。 そう、言われて…脳裏に最初に浮かんだ色彩は。 「空色…」 ぼそりと聞かせるともなしに小声で呟く。 「望ちゃん?」 「―――い、いや。そのぅ」 浮かんだ色に、その理由があまりにも照れくさくて、太公望は目をそらした。 空色。 (『普賢の、髪の色』ではないか………) 先ほど普賢に対してそれは違うと文句たらたらであったのに、 自分も言われてみると真っ先に思うのは、相手の持つ色彩だなんて。 「うー、まぁ、よいではないかっ、わしのことなど」 誤魔化すように、甘い紅茶にさらに砂糖をどさどさいれ、できあがった甘い甘い飲み物を、口に運ぶ。 薄い陶器の器を下ろすと、いつの間にか横に立っていた普賢に両腕で抱きしめられた。 「普賢?」 体を捩って真正面から向き合えるようにすると、にこっと普賢がわらいかけてくる。 「ちなみに、僕は黒も好きだよ」 望ちゃんの、髪って、綺麗な黒だよね。 そう言った普賢に、頬に柔らかく口付けられる。その行為に加え、 なんだか今考えていたことを見透かされたような気がして、 動揺のあまりがちゃんと机の上に茶器を落とすようにしておいてしまった。 カップから零れた水滴が、机をいくばくか紅茶の色に染める。 むろん、普賢に他意がないのはわかっているのだが。 だからと言ってこの状況で落ち着けるかといえば、そうではなく。 「う、ま、まぁありがたいと、言っておくかのう……」 赤くなって俯いたまま、もごもごと呟いた。 「望ちゃん」 やさしく名前を呼ばれて、ようやく顔を上げる。 太公望の頬に手のひらをあてて、覗き込むようにして、普賢がつづけた。 「――望ちゃんのまとう色は、ぜんぶ。僕はだいすきだから」 「普賢……」 それじゃ、だめかなぁ…と、困ったように笑う普賢に。太公望はぎうっとしがみついた。 「しっておる。それくらい。わしだって、…おなじだからのう」 普賢の腕が、太公望の背に回される。 唇が重なり、離れてから、ふと普賢がちいさくつぶやいた。 「…でも、本当に…。どうして、いきなりこんなことを訊きたくなったの……?」 「―――うるさいうるさい。べつに、良いではないか。知りたかっただけで」 「うん…」 まだちょっと不思議そうな普賢に、一瞬の逡巡の後、自分からその頬にキスをして。 太公望は、普賢の腕の中でゆっくりと瞼を閉じた。 崑崙にあっても、特別に清浄な空気が満ちる部屋に、 一人の仙女と、ふたりの道女…それに太公望が、向かい合うようにして座っていた。 「で、けっきょく普賢の好きな色はききだせたのか?」 くすくすと事の顛末に笑い声を上げながら、水の仙女・竜吉公主は太公望にそう問い掛けた。 その両脇に控える、碧雲・赤雲も興味深そうに耳を傾けている。 「うー、聞き出せたというか、失敗したというか……」 普賢の出した答えを思い出し、ひとりでまた赤くなっている太公望に、竜吉がほうと溜息をついた。 「………どうやら、そなたたちには必要無さそうじゃな、折角の占いであったが」 「―――公主、おぬしのう」 「でも、太公望さま。公主さまのお言葉も、一理ありますわ」 半眼になった太公望にむかって指を一本立て気難しげに見えるよう眉を寄せ…けれど 楽しげな様子は隠しようもなく、碧雲は同意を求めて赤雲を振り返る。 「ですわね、それほどに想われていらっしゃるのなら、今更…あのような占いなど意味ももちませんもの」 「そうそう、あれは、相手の方に不安を感じるときにのみ使う占いでしたわよね。 相手の方の好んだ色と 、ご自身の好む色をつかって、そのときのふたりの仲をうらなう」 「―――おぬしら…」 たきつけたは、おぬしらでわないかっ…と口の中で非難する。 元始天尊に課せられた用件で、公主のところに赴いた太公望に、三人はあたらしく仕入れた 良くあたる占いだとかなんとかと、彼にけしかけたらしい。 引きつっている太公望の頭に、竜吉が穏やかに手を置いた。 「太公望。よかったの」 「公主?」 「よかったではないか。占よりも、はるかに確かな…こたえではないのか?」 竜吉のまわりを漂う水が、ゆらゆらと揺れている。 「―――そうだのう」 なぜか淡く光っているようにも見える水珠に、その色に、普賢のことをふと連想してしまいながら。 小さく微笑んで、太公望は頷いたのだった。 ***** …よくわかりませんねー、コレ; なんでしょう……。 でもとりあえずは、甘々でしょうか?; ヘンなものを送りつけてしまって、申し訳ありません……。
<紅馬のコメント> このSSはうちのチャットでとうのさんとお話している時に頂ける事に! うわーーーー!!!こんな素敵ならぶらぶ普太SSを送って下さって有り難うございます!! あぁぁ、なんて幸せカップルなんでしょう!!可愛すぎです!! 普賢の「ちなみに僕は黒も好きだよ」のセリフが何故か激ツボでした!Vv こんな幸せカップルの普太SSを頂けるなんてなんて贅沢…!! とうのさん、本当に有り難うございました! メールで「挿絵は一番怪しい所に付けて下さい」とあったのですが… 私にはすべて可愛くてどこも怪しいトコなんてなかったのですが…(笑) ←そう思ってしまうトコから間違ってル… 多分抱き合ってるトコ、ですかね…?また詳しく挿絵を付けるシーン、教えて下さい(笑)。 どうでも良い話ですが、今度出す普太パラレルの話は『色彩』の事、 ちょっとかじってます。そんな中で頂いたSS。 なんてタイムリー…(笑)