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いいんちょ先生

≪第三章 いいんちょの戦い≫



「智子……、何考えてんの?」
静かな居間にお母さんの声が響く。 うっ〜、やっぱり無理があったんかなぁ…。
藤田くんの家庭教師の話しを無理やり決めて、その日の夜にお母さんに話しを切り出した。
正直言うと、藤田くんに言うたほど甘い相手やない。 何せ生まれてから世話になってる人や、私の行動パターンも読まれてるかも知れへん。 普通なら色々手を考えるんやけど、勢い余って正面から言うてもうた。
始めお母さんはビックリしてたけど、何も言わんと聞いてくれた。 もちろん藤田くんの事は内緒や。 彼としての紹介もしてないのに、その男の家に行く言うたら反対されるのは目に見えてる。
向こうの大学はやめてこっちの大学に行く、それで自分の時間が欲しい。 こんなところでまとめておいた。
私もこれならいけるかな? って思うて話したんやけど。
第一声がこれやってん、……失敗やったかなぁ。
「智子、聞いてるん?」
「あっ、うん。 聞いてるよ」
お母さんの言葉が痛いわ、やっぱり無理があるんかなぁ。
「……」
「……」
「はぁ…、お母さんはな、何も塾の事反対しとるんやないよ」
「えっ…」
意外な言葉やった、てっきり反対されてるもんやと思うとったのに。 じゃあ何で…?
「お母さんな、智子が大学行きたいんなら勉強すればええ、行きとうないならそれでもええと思うとるんよ」
「……」
「でもな今の智子、お母さんになんか隠してないか? やましい事があるんやったら、お母さんゆるさへんよ」
静かな声やったけど、重くて怖い声やった。 学校の先生や不良の兄ちゃんの声聞いた時やってこないに怖いと思うたことはなかった。 ううん、怖いんやなくてズーンと頭の中に響いて何やめまいがするわ。 何やろこれ。
「智子…」
「…うん」
自分でもわかるほど私動揺してる、お母さんもきっと気付いてるわ。 どないしよう…。
「…正直に言うてんか?」
どないしよう隠されへんよ、お母さん判ってる。 でも正直に言うて賛成してくれるかどうか…。
「お母さん…、あ、あのな…」
「うん、なに?」
お母さんの顔見られへん、なんて言うたらええんやろ。
「わ、私な…」
「……」
「べ、勉強みてやりたい人がおるんや…。 それでな、家庭教師してやろう思うてるの…」
ウソはつけんけど、ここまでしか話されへん。 お母さん何て言うやろ。
「……自分の勉強をおろそかにしても? そんなに大事な友達なんか?」
「…うん…」
「……」
「……」
沈黙が重たい、何や泣けてきそうになるわ。 藤田くん助けてぇな、藤田くん…。
長い沈黙の後に、ようやくお母さんが口を開いた。
「はぁ……、自分の娘ながら難儀な事やねぇ。 わかったわ、好きにしなさい」
「えっ」
「詳しい事はまた今度でええよ、話す気になったら話しぃ」
「…あっ、ありがとうお母さん…」
急にまぶたが熱くなってくる、涙がとまらへん。
「なんやの急に泣き出したりして、ほら美人が台無しやないの。 あんたは私似で、笑ってる時が一番綺麗なんやからなぁ、泣いてたらあかんよ」
そう言うて、お母さんは私の涙を拭ってくれた。 藤田くんとは違う、何か暖かさがあるんやなやぁ。

その日の夕食は何故か豪勢やった、何かええ事あったんかなって思うて聞いてみたら…。
「ええ事? ふふふっ、あったんや」
「何があったん?」
「クスクス…」
「何やの、気色悪いわぁ、教えてぇな」
「クスクス、智子」
「…何?」
「今度、その彼氏紹介しなさい」
「!! なっ!」
「クスクス…」
「なっ、なっ、なっ!」
そこで、急に真面目な顔になったお母さんは一言だけ言うた。
「…でも、節度ある付き合いにしとき」



はぁー、やっぱりお母さんにはかなわんなぁ。 私そんなに判りやすいんかなぁ。
まあええわ。 とにかく塾は週2回にして、藤田くんの家庭教師は週3回かな。 それに加えて自分の勉強かぁ、うーん前より厳しいなぁ。
私はベットの上にゴロンと寝転がった。
何とかゴリ押しで親も押し切ったし、あとは藤田くんの成績アップやね。 そう言えば人に勉強って教えたことないなぁ、うーん、カリキュラムとかスケジュールとか作らなきゃ。
アバウトながら、これからの事が見えてきたし、まぁ何とかなるわ。
さてと、それじゃ電話電話。
プルルルルルッ、プルルルルルッ、プルルルルルッ、プル、カチャッ
「あっ、夜分すいません。 私、保科と言いますが浩之さんいらっしゃいますか?」
「なぁに、改まってんだよいいんちょ。 オレだよ」
「藤田くん」
「どうしたんだ?」
「うん…………」



ということで、私は藤田くんの家庭教師になったのだ。



FIN



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